■金沢、東京470km

ゴールデンウィークと呼ばれている4月の末から、5月の第一週、谷間の2日間に休暇をとって9日間の大型連休にした。まあ、夏休みに匹敵する長期休暇となるわけだ。勿論このチャンスは、ツーリングのために利用する。一年のうち、このゴールデンウィークと夏休みがツーリングの2大チャンスとなる。今回は、中国地方の日本海側を走った。まず、東京から大阪まで走り、大阪から門司までフェリーで行ってしまう。出発翌日の朝には、九州に居るというわけだ。そこから日本海側で東京を目指す。走り続ければ、帰ってきてしまうという、なんとも都合のいいルートだ。しかし、このルートはなかなかのアイデアだと思う。まず、遠くまで行って、全てを帰り道にする。この気分がなかなかいい。最後に長距離を帰らなきゃ、という気持ちが全くしないのが、利点なのだ。
それでも、最終日は北陸金沢から、東京まで470kmほどを帰らなくてはならない。ほとんどを高速道路で帰ることにした。金沢から、北陸道、上信越道、上越道、外環と素晴らしい高速道路が続いている。外環大泉を降りれば、自宅までは10kmほどだ。金沢を朝たてば、午後早い時間には自宅でビールが飲めるほど早いルートなのである。6日間のツーリングの最後としては、距離あるけど、気分的には楽な行程で、今回もかなり甘く見て出発した。朝、9時半にはすでに高速に乗り、カーナビは到着予定を16時と示した。

■全て順調。でも、ちょっと変。

さて、天気は上々。気温は平地では少し暑いくらい。風もなく、雲もなく、快適に富山を目指していた。バイクはすこぶる快調。ぐんぐんと進んでゆく。交通量も少なく、好きな速度で走り続けられる。バイクに乗っていて、ああ、幸せと感じる瞬間だ。ところが、話がこれで終わらないのが、オヤジのツーリングなのである。必ず何かが起こるのだ。走っているうちに顔に違和感を感じ始める。顔の中心部、鼻がムズムズするのだ。鼻の下を伸ばし、顔の筋肉を使って鼻を動かしてもムズムズは、止まらない。止まらないどころか、気になり始めるとますますムズムズが増してくる。もともとヘルメットはジェット型なので、シールドを少し開けて、左手で鼻をつまみ、ムズムズ解消を試みる。少しましになってもシールドを閉じるとまたムズムズだ。特に右の鼻の穴が気になる。再びシールドを開けて、今度かなり強くこする。グローブ越しだからかなり強い刺激が得られる。しかし、その場限りだ。すぐにムズムズが始まる。走り始めるまでは、こんなことはなったくなかった。昨夜も、今朝も鼻など付いていることすら忘れていた。それが、高速道路の上で、両手が自由でないときに限ってムズムズしているのだ。
こういうことは、私の場合よくあることだ。困る状況になると、困ることが起きる。起こらないで欲しいな、と思える状況ほど必ず起きる。例えば、いつも利用している駅で、トイレの場所もよく知っている。まだ時間も余裕があって、行こうと思えばトイレにいける。こういう時はトイレに行きたい欲求が起こらない。ところが、電車が来て、すぐにはトイレにいけない状況になると、途端にお腹が痛くなる。しかも強烈に。しかも満員で、電車は遅れノロノロになる。神に見放されているのかと感じる。バイクで細い山道を走っていると、できればコーナーではクルマとすれ違いたくない。直線の部分ですれ違ったほうが何となく安心。しかし、対向車は必ずコーナーで現れる。しかも、こちらが登りで、逃げようのない山側の場合は100%じゃないだろうか。日頃、自分はよっぽど悪いことをしているのだろうかと思うほどだ。
しかし今回のこの鼻のムズムズは、ほとほと参った。バイクで高速をいったん走り始めてしまうと、なかなか止まるのが面倒だ。鼻をかむためにいちいち止まってはいられない。当然我慢して走り続ける。しだいに鼻水まで出ている気がしてくる。鼻で息をするのをやめ、口だけで息をしても変わらない。いったいどうなっちまったんだ。

■こんな事が起こるのか。それがツーリング。

走りながら考えた。この鼻、ムズムズの原因は何か。ひよっとして凄い病気にかかってしまったのか。そんな訳はない。考えれば簡単なことだ。原因は、鼻毛だ。鼻毛が伸びているため、高速で走っている風の影響で、鼻の穴の中でヒラヒラ揺れているのだ。まるでこよりを鼻の穴に入れられたような状態だ。ジェット型のヘルメットは、シールドがあっても鼻毛をヒラヒラさせる程度の風は充分進入してくるというわけだ。これでは、鼻をいくら掻いてみても解決にはならない。バイクを止めるか、鼻毛を切るかの二つに一つしか問題を解決するには至らない。しかし、どちらもいまここで選ぶことはできない選択だ。走りながら鼻毛は切れない。走るのを止めたら家には帰れない。
原因がわかって、少しほっとした。気にしないことに心がけ、ひたすら我慢して走るしかない。帰ったら、真っ先にこの憎き鼻毛を切り落としてやると切ない決心を固め、シールドを開けては、ゴシゴシ。またムズムズしてきて、シールドを開けてゴシゴシを繰り返して走ったのだ。
さて、これで何が言いたいのか。くだらない笑い話を書いているつもりはないのである。つまり、バイクでのツーリングでは普段では想像もしない出来事が起こるということを言いたいのだ。日常生活で、早足で歩いていても鼻毛はムズムズするほど鼻の穴の中でヒラヒラしない。クルマに乗っていれば、風は当たらないのでこんな心配はない。第一そんなときは窓を閉めればいいのである。バイクだからこそ起こるトラブルで、日頃からは予想ができないのだ。これを防ぐには事前の準備しかない。しかも、経験上「鼻毛が伸びていると、高速でムズムズする」事実を知っていなければならないのだ。
そもそも、鼻毛は何のために生えているかというと、一般的にゴミが入らないためと言われているのだが、そうではない。鼻の中の空気や鼻水の流れを整流するためだそうだ。若いうちは、ある程度伸びると毛根の細胞がこれ以上伸びる必要はない、と成長を止めるのだが、歳をとってくるとどうもこの毛根の細胞が鈍感になるらしい。いつまでも伸びてしまう。だから年寄りには、異常に鼻毛の長い人がいる。鼻から溢れている人もいる。私もそろそろ鈍感になっているのだろう。必要以上に鼻毛が伸びるのである。
こうした事実を知った上で、今回のように高速道路上で、鼻毛ムズムズを経験しなければ、実は予防策は講じられないのだ。ツーリングの前には必ず鼻毛を切ること、なんて経験がないと考え付かないが、一度この不愉快さを経験すると、ツーリングの前の夜の習慣になるのだ。要するに、経験がなければ、対策もない。それがベテランということだろう。なにも鼻毛だけに限ったことではない。レインコートの着方ひとつにしても、経験者と初体験では全く違う。同じレインコートでも初心者は何故か雨が侵入してくる。ベテランは一滴も通さない。ここから雨が入ってきた、ずぶぬれになった、という苦い経験をしているのだ。わたしだって、経験している。たいした雨ではないと甘く見て、レインコートを羽織って走り出した。途中から強い降りになり、首元から雨がジャブシャブ進入してくる。胸からお腹まで、雨が伝わるのがわかる。おかげで上半身ずぶぬれになった。それからは、どんな降りでも首元はしっかり絞める。それで結果は全く違う。首元からは雨は入ってこなくなった。

■経験と対策。これぞオヤジ・ツーリングの楽しみ方。

こんなことを経験して、対策を考えてゆくと、ツーリングはどんどん改善される。ただ、そうしたトラブルに敏感でないと、そのとき限りで忘れてしまう。同じ過ちを何度も繰り返してしまうのだ。それでは進歩がない。ひとつひとつに敏感になって、きちんと対策することが大事なのだと思う。どんなトラブルでも何かしら改善策はあるものだ。進歩しないのは、それに気付き、対策を考えることをしないからだ。そして、その対策を考えるのもツーリングをする楽しみの一つだ。自分流のツーリングが生まれてくる。カウルに洗濯バサミをひとつ付けていたライダーがいた。高速券を挟むのだという。この人、きっと高速道路で走りながら高速券を飛ばした経験があるに違いない。洗濯バサミを発想したとき、思わずニヤリとしたに違いない。この人のツーリングはそれだけで、ひとつ自分流のツーリングになった。楽しさが一つ増えただろう。ツーリングをするライダーが100人いれば、100通りのツーリング・スタイルがある。そのための準備も100通りだ。経験を少しずつ積んでゆくたびに、自分の旅が完成してゆく。こんなに楽しいことはないのである。敏感に感じ取り、それを考え、改善してゆく。バイクの旅は、人生のように豊かなのだ。

さあて、次回のツーリングにに備えて、鼻毛でも切ろうかな。