ここ数年、夏は北へ。ゴールデンウィークは南へが定番化してきた。
去年のGWは、四国。夏は、北海道。一昨年は、九州と北海道だった。
今年は、2日休めば10連休というまたとないチャンスのGW。
九州に行こうとだいぶ前から決めていた。
昨年の夏の北海道同様、テーマは「グルメ」。
美味いものを食べるツアーだ。
運良く大阪・宮崎のフェリーも予約できて、
出発は、4月29日の連休初日。
6泊7日の大型ツーリングが、実現したのだ。


2005九州ツーリングルート

■riri&KOJIさん追撃。多賀SAで拿捕。
同じ日に出発で、川崎に住むバイク仲間のriri&KOJIのご夫婦も九州に出発することになっていた。別に話を合わせたわけではないが、関東からの長距離となれば、この時期、九州が目標になりやすい。それより前に、やはり仲間のしまさんが、九州を走破し、最南端佐多岬の写真をみんなに公開していた。私も3年ほど前に佐多岬を訪れ、全く同じ場所の写真を公開していた。riri&KOJIさんも、九州走破、佐多岬記念写真の刺激を受けたのかもしれない。ただ、同じ時期にフェリーを予約したはずなのに、大阪・宮崎が取れず、大阪・別府のフェリーで九州に入ることになっていた。フェリーの出発時間は、ほぼ同じ。夕方の出発だ。東京からは5時くらいに大阪着を目指せばいい。一日掛けるつもりなら、まあそれほど焦らずに走れる時間だ。
事前にririさんと連絡したら、朝6時には東京を出発するという。11時間を掛けようという訳だ。いくらなんでもそこまではかからない。8時間あれば、楽に行けると思う。自分では、そんなに飛ばすつもりはないものの、9時に出れば間に合うと考えていた。まあ、夕方大阪の南港で間に合えば、お会いできるかなとくらい考えて、9時出発。出発前の8時半に、KOJIさんから「現在、富士川SA」と言うメールをもらったときは、少し気持ちが焦っていた。
用賀のインターまでは近い。9時過ぎには高速道路の上。厚木までは渋滞するかなと思っていたが、この日はそれほどでもない。比較的スムースに厚木を抜ける。あとは、順調で、一度目の給油は「富士川」。10時半。riri&KOJIさんに遅れること2時間だ。二度目の給油が「浜名湖」。12時。ここで1時間半の遅れ。「上郷」で、メールを見たら12時33分に上郷にいる。多賀でご飯を食べる予定だという。ここで約1時間の遅れ。多賀でのんびりしてくれていれば、何とか追いつける。カーナビは多賀の到着時間を3時15分と予想していた。予定通り多賀に着いたら、お二人はちょうど、ランチが終わったところ。何とか追いつくことができたのだ。ほっとして、アイスクリームを食べて、3時半頃には、大阪に向けて3人で出発。大阪では、大阪在住のむねちゅうさんが待っててくけるはずだ。

自宅から大阪・南港かもめ埠頭までは、555キロ。一昨年くらいの自分ならずいぶん遠いと感じたはずだが、いまでは、少し遠いと感じるくらいだ。そして、着いてしまえば、何だかあっけない。高速道路の500キロは、慣れれば簡単に走れる距離なのだ。そうそう女性のririさんも、平気な顔で走っている。走り終わってもケロッとしている。遠いなんて考えないで、走ってしまえば意外に近いのだ。
南港埠頭でしばらく待っていたら、むねちゅうさんご夫婦が送りに来てくれた。東京から走ってきただけで、こうして埠頭まで来てくれるのは、バイク仲間なればこそ。人が旅行に行くなんて、自分には何の関係もないはずなのに、会えるチャンスは見逃さず、必ず会おうとするのが、バイク仲間だ。何だかとっても暖かい。そして、なによりほっとする。知らない土地で、地元の人がそばにいてくれるだけで、とても、とても安心なのだ。

昨年、むねちゅうさんが東京を通過して、東北にツーリングに行ったときは、我々東京組みがむねちゅうさんを東名高速の「港北」で迎えた。すごい雨と風で(台風のことです)、予定していたフェリーが欠航となり、一路東名を走ってきたのだ。東京はその日かなり台風が迫っていて、しかも到着予定が夜の9時ごろ。そんな時間、そんな場所まで何を好き好んで人の旅行に付き合うのか。全く物好きだ。でも、私を含めて5人のバイク仲間が集まった。「やあやあ、ご無事で・・・」と言葉を交わすだけなのに、そのために台風の中を集まるのだ。そして、「会う」ということで、お互いの存在を喜び合っている。何だか不思議だが、暖かい関係と、自分は思う。

●わざわざ南港埠頭まで、ご夫婦できてくれたむねちゅうさん。お土産までいただき、感謝、感謝。バイク仲間ならではのお見送りだ。 ●この日乗り込むフェリー。かなり大型。トラックの乗り込みが終了するまでかなり待たされた。これに乗って寝れば、明日はもう宮崎である。

■フェリーは暢気に疲れを癒す。
そういえば3年ほど前、初めて今のバイクでフェリーに乗ろうとした時、ずいぶん緊張したことを覚えている。陸とフェリーを繋ぐ鉄の橋が、とても長い橋に想像されて、滑りはしないか、揺れはしないか、フェリーの中で小さなユーターンをしろと言われはしないか、そもそも、指定された場所に上手く停まれるだろうか、などなどいろいろ考えてしまうと、経験がないだけに悪いイメージだけが果てしなく広がる。フェリーの船底で、惨めにひっくり返っている自分が浮かんできてしまうのだ。バイクは、本当にイメージの乗り物だから、そんな悪いイメージを持って乗っているとその通りの状況になってしまう。身体に力が入り、胸がバクバクと鼓動し、行ってはいけない方向場仮が気になって、どんどんそちらに近づく。誘導員の手招きが全然見えず、直前になって方向を変えなくてはならなくなる。従って、最初のフェリーの乗り込みは、案の定きわめて不安定、危険なものだった。止まる寸前に係員からもう少し右と言われ、あわててハンドルを切ったばかりに、バイクは左に大きく傾き、係員が2人で必死に支えてくれて助かったのだ。恥ずかしかった。惨めだった。でも、船底での転倒だけはなんとか避けられたのだ。
そんな経験をするとかなりのトラウマになる。フェリーは苦手、何だか怖いという想いが付きまとう。自分の場合もかなりの期間トラウマだった。できればフェリーには乗りたくない。そんな思いがいつもあった。ただ、あまりにもしばしばフェリーに乗る機会があって、いつの間にかそんな想いは忘れてしまった。ただ、いくつかのコツだけは会得し、それによって克服したのかもしれない。コツとは、
1.絶対に先頭で乗らない。何番目かに着いて行って、前のバイクの停まる場所を見本にすること。
2.どこに停まるのかはっきり分かるまで、停車位置に近づかない。手前で停まって、どこに、どの方向で停まるのかを確実に確認してから動く。
3.危ないと思ったら躊躇なく降りて、押す。そのとき、「指示の仕方が下手だよ」と言いながら押すと、いかにも慣れているようにさえ見える。
まあ、だいたいこれだけ注意すれば、大概のフェリーはトラブルなく乗り込める。そんなに怖がることはないのだ。そして、乗り込んでしまえば、フェリーは、暢気な天国だ。何もしないでも、明日の朝には九州なのだから。

●フェリーに乗り込むとすぐに日没だ。550キロを走ってきた充実感と疲れが押し寄せる。ビール一杯でほんのり眠くなるのが気持ちいい。 ●ぎっしり詰め込まれたバイク。連休開始日だったので、クルマもバイクも満杯だった。バイクは、大型が多かった。みんな九州を楽しむ。

■宮崎に到着。そして鹿児島へ。
宮崎は快晴とは言えず、なんとか雨が我慢して降らずにいるといった天気だった。曇り、しかもいつポツリ、ポツリときても不思議じゃない曇りだ。頼むから降らないでくれと祈るのだが、その祈りが通じた試しはない。たいてい一日のうちには降り始めてしまう。おそらくそれを感じていて祈っているのだろうから、そんな祈りは通じるわけがない。それでも、出発から雨具を身に付けになくてはならない不幸からは開放されている。随分と精神的に違う。九州に行こうと思って、九州に着いた一日目から雨では、気分も暗くなる。もちろん自分は雨男だと心のどこかでいつも諦めているので、雨が降ってもそれほどショックではないし、そのお陰で雨の中の走行も随分慣れている。別に走り出してしまえば、走ってしまうのだが、やはり晴れに越したことはない。晴れの日はやはり風景が違う。気分が違う。できれば快晴の道を走り抜けたいのがバイク乗りなのだろう。しかし、現実は泣き出しそうな空。こちらの気持ちも、ほんの少し泣き出しそうだ。
狭い場所にぎっしりと詰め込まれたフェリーの中のバイクたちも、一度フェリーを降りてしまえば、跡形もなく消え去ってしまう。広い空に放たれた鳥のように、あっという間に飛び立ち、見えなくなる。みんなこれから何日か、この九州を走り回るのだろう。グッドラック、いい旅をと声をかけたくなる。そして、自分自身も旅の始まりの緊張感を味わっている。フェリーを降りるのは簡単だ。回りの車が出てしまって、広い場所ができたら、荷物を載せる前に確実に出口に向かえる方向にバイクを方向転換する。そして、荷物を積んで、前のバイクに続いて降りるだけだ。ただ、坂道の途中で止まらないように、前のバイクの止まるところを注意すること。それだけ守れば、なんてことはない。目の前に九州の大地が広がるのだ。宮崎港は、かなり辺鄙な場所にあるので、降りてから道に迷っても焦る必要はない。ただ、降りて右方向に向かうと有料道路になるので、なかなか引き返せなくなるからご用心。その有料道路こそが、「一ツ葉有料道路」。あの有名なシーガイヤに繋がる海岸沿いの道だ。宮崎市内は降りて左方向だから、シーガイヤに行かない限り、この道はあまり走らない。でも、とても気持ちのいい
道で、見晴らしもかなりいい。という訳で、少しだけ走ってみることにした。シーガイヤまでは5キロほど。真っ直ぐ海に沿って走る直線だ。開放感がたまらない。そういえば何年か前にこのシーガイヤに泊まったこともある。今ではその面影もない。何だか人が少なくて妙に寂しい。こんなにいい道も、利用する人は減ってしまうだろうなあというのが感想だった。
今日の予定は、鹿児島に入ることだ。夕方までに鹿児島に入り、今日は「黒豚のしゃぶしゃぶ」を食べる。このしゃぶしゃぶがめっぽう美味いのだ。そんなわけで、後は何の予定もない。ただ鹿児島に向かうだけだ。普通のコースなら、宮崎から都城を抜け、加治木から鹿児島に入るルートだろう。しかしこのコースは、何年か前に走ったコースだ。できれば違うコースでと考えていた。そいて、桜島を一度走ってみたいとも考えていた。となると国道220号ということになる。国道220号は、宮崎市内から、鹿児島国分町まで、桜島をかすめて半島をぐるりと回りながら横切る道だ。何だか随分遠回りをしている道に感じるが、半島の低い部分だけを繋いでできた道のようで、かなり快適な道のようだ。途中まで、日南海岸を走り、串間、志布志と抜け、内陸に入る。垂水で鹿児島湾に出て、桜島まで一直線。桜島は、いわゆる「溶岩道路」224号を走って、桜島港からフェリーで鹿児島に渡る計画だ。
走り始めると、まず青島を通る。何度か来ているのだが、どれが青島で、何が青島なのかいまだに分からない。近づくとホテルの数が増え、こどもの国やら遊園地やらで、なんとなく近づきがたくなる。バイクの親父が近づく所ではないと本能的に感じ、そそくさと通り過ぎてしまうのだ。いわゆる観光地的な観光地は、どうも苦手だ。それで、随分有名名所を見過ごしていることも確かだ。ただ、旅の目的が観光名所めぐりではないので、見過ごしたことに何の後悔も感じていない。走っている、走ってきた実感を感じられる場所が好きなので、それが観光名所である必要はないのだ。たいていは混んでいて、駐車場が高くて、食べ物が高い。そんな場所にあえて行く必要もないなあと思う。
青島は、何度その近くを走ってもそんな風に感じて通り過ぎる場所なのだ。
日南海岸のもう一つの名所は、「鬼の洗濯板」だ。これは、一ヶ所にあるのではなく、海岸沿いを走れば、次々に現れる。ずいぶんたくさんの鬼がいたに違いない。まあ、名前の面白さだけで、一体それがどうしたという感じでもあるが、珍しい光景であることには違いない。これも、バイクを降りずに走りながら眺めて終わり。どんどん日南海岸を離れてゆく。日南フェニックス道路のほぼ中央くらいに「鵜戸神宮」がある。走り続けてばかりでも芸がないので、休憩がてら寄ってみることにする。実は2年ほど前にもここには来ている。不思議な神社で、鮮明な記憶がある。だからもう一度見たかったいうほどでもないのだが、まあ、知っているからこそももう一度といった感じだ。駐車場と神社はかなり離れているばかりか、階段がすごい。一度上って、海岸まで降りる。海岸の洞窟の中に神社がある。本当に不思議な感じがする。帰りも階段を上る。ここの巫女さんたちは、必然的に足が太くなるのではないだろうか。よく見たものの、真っ赤な袴かに隠れて、残念ながら見ることはできなかった。
220号は、南郷から海岸線を離れ、日南線とともに内陸に入る。そこから串間に出て再び海岸線を走るが、海の見晴らしはほとんどない。ひたすら距離を稼ぐ感じだ。志布志を過ぎると自然に道は山に向かい、半島を横切る感じになるが、だらだらの坂道を登り、いつの間にか下ると再び海にぶつかる。そこはもう鹿児島湾だ。海岸線に沿ってしばらく走り、いくつかの小さな集落を通り過ぎると垂水に到着する。ここは、高倉健の映画「ホタル」の舞台になった場所だ。終戦間近の特攻隊員を取り上げた映画だったが、そのテーマはすごいものがあったものの、映画としては?????な感じだった。ただ、高倉健が好きなので、見てしまったなあ、という作品だ。高倉健の演じる垂水の漁師が、とてもかっこよかった。実話を基にしていることから、実際にこんな場所で漁師として生活している人たちがいると思うと、自分とはあまりにかけ離れた世界で、想像すらできないというのが正直な気持ちだ。こうしてバイクで走りながら、人の人生はいろいろだなあと感じる。事実、いまでもここで漁師として生活している人。船に乗って、魚を取って、それを売って生きているのだ。ずごいよなあ、と思う。自分がやっても魚一匹取れないだろうと思う。男として、何だか情けない気がしてしまうのだ。

垂水を過ぎると桜島はもう近い。天気がよければその美しい姿が見えているはずだ。残念ながら、どんよりと曇った空の下では、全くその姿が現れることはなかった。220号から、桜島を周遊する224号に入る。「溶岩道路」と呼ばれる道で、何度かその話を聞いているうちに一度は走ってみたいと考えていたのだが、走ってみると普通の道と変わるところはない。当たり前だが、アスファルトの道で、溶岩で舗装されている部分は全くない。それでも、海岸線をぎりぎりに走り、道路はかなり高い位置にある。ところどころで小さな港が見えたりで、風情豊かな道だ。この先に桜島港があり、そこから鹿児島港までフェリーが出ている。行ってみて驚いた。普通フェリーは、搭乗手続きが必要だ。バイクを降りて、簡単な書類に書き込み、お金を払って出発を待つ。しかし、ここでは全く違う。高速道路の料金所のようなゲートがあって、バイクに乗ったままお金を払う。そして、そのままフェリーに乗り込むのだ。受付も待合室もない。気がつけば船の中。係員が素早く誘導し、あっという間にバイクを固定する。そりゃあそうだ。わずか30分ほどで鹿児島まで着いてしまうし、鹿児島湾をぐるっと回ることなく垂水方面にいける海の道として、生活の路線になっている。いちいち手続きをとっていては、その役割も半減するのだろう。そんなわけで、あっけなくフェリー上の人となり、鹿児島を目指したのだった。
鹿児島までバイクで来たのは3度目。鹿児島市内に入るのは今回で2度目だ。前回は東急インに宿を取り、バイクを止める場所がなくイライラしたのを覚えている。今回はバイクが駐輪できることを確かめて鹿児島サンホテルというビジネスホテルを予約しておいた。東急インは駅には近いが、天文館など繁華街には遠い。その反省も踏まえて、今回は天文館まで5分程度のところだ。フェリーを降りて、ホテルの電話番号をカーナビにセットする。カーナビは、ルートを探し始める。意外に早く結果を出した。きっとすぐ近くなのだろう。
「目的地が近すぎて、ルート案内はできません。」ガーーーン。どっちに行けばいいんだ。近すぎるったて、どこにあるか分からないから聞いているんだ。一度遠くまで行けとでも言うのかよ。すべてをカーナビに頼っているとこういうことになる。うーーん、分からない。だが、分からないといっていても話にならない。すぐ近くならなんとか探せるだろう。おそらくビルの高いところに「鹿児島サンホテル」と大きく書かれた看板があるだろう、と走り始めた。最初のT字路。右か左かも分からない。50%の確立だと左に行く。何やらチラッと看板が見えた気がする。右前方だ。直進し、右に曲がり、もう一度左折。この辺りだろうときょろきょろしながら前進。左に曲がる道の先に「あっ、あれだ」と思った瞬間、その交差点を過ぎていた。左、左を3回繰り返すと、まあ、奇跡的にホテルのまん前に到着。こんなにうまく行くことは滅多にない。カーナビを過信しすぎると、いかんなあとつくづく感じたのでした。
ホテルでは、バイクはこちらにお止めくださいと、親切に案内してくれた。ホテルのま
ん前、駐車場の入り口の脇に少しのスペースがある。まさにバイク用とも思えるほどちょうど良いスペース。いたずらも、盗難もここなら心配ない。これだけですごく気分が良くなる。念のため車輪のロックもちゃんとして、部屋に入った。

■黒豚しゃぶしゃぶ「福わらじ」
前回の宿は、繁華街からかなりの距離がある駅前だった。今回は、繁華街のそばに宿を取ったつもりだ。駅のそばは、探すのに楽だ。何しろ駅を目指せば、自然に宿に近づくのだから、何も考えないでいい。だから、知らない場所に行くときは、益のそばのホテルが分かりやすい。しかし、駅と繁華街が意外と離れている街がかなり多い。夕食を食べに出て、タクシーに乗らなければならないという場合もある。それも面倒なので、できれば繁華街のそばがいい。フラリとでかけて、酔っ払ってフラフラ帰ってくる。そんな距離が理想的だ。それで、今回は繁華街のそばというわけで、ここ鹿児島の最大の目的である黒豚しゃぶしゃぶのお店も近いはずだ。地図で調べると、うーーん何とか歩けるかという距離。それでも最大の繁華街の天文館を抜けた先なので、歩いても楽しそうだ。
3年ほど前、初めてバイクで九州に来たときに、東京からやはり遊びに来ていた方と一緒に鹿児島でバーをなさっているママのご紹介で初めて黒豚のしゃぶしゃぶを食べた。「へん、豚しゃぶ。そんなのだめだぜ。しゃぶしゃぶは牛に限るぜ」などと多可をくくっていたものの、初めて食べた黒豚しゃぶしゃぶは、この上もなく美味しかった。溶けるような柔らかさ。豚の臭みなど全く感じない甘さ、上品さ。口の中で溶けるような黒豚君に、身も心もトロトロに溶けてしまったのだ。東京に戻ってからも、何度か黒豚のしゃぶしゃぶは試してはみたが、鹿児島ほどのものは一度としてお目にかかれなかった。ぜひ、ぜひもう一度食べてみたいという気持ちが、再び鹿児島にやってきた理由でもある。その店の名は「福わらじ」。かなり有名な店らしい。昼間のうちに予約しておいたので、今夜は必ずあの黒豚のしゃぶしゃぶにありつけるのだ。予約の時間は6時半。まだまだ時間はあるものの、5時過ぎに、まだ小雨のぱらつく鹿児島の町にフラリと出かけた。

●「福わらじ」の入り口。一階は駐車場になっていて、階段で上る。中は、個室の座敷と、大きな部屋とがある。かなり広いが、予約はしておいた方がいい。 ●これが、黒豚。しゃぶしゃぶ用に薄く切られている。実に美しい。そして食べてみると、実に、実にうまい。

地方の大きな繁華街は、たいていはそうだけど、アーケードがあって、屋根がついている。大きな通りは歩行者専用で、いろいろな店が立ち並び、通り1本で、ほとんどの買い物も食事もできる。東京で言えば、銀座と新宿と原宿と六本木と青山が全部1本の道に集約されているのだ。便利といえば便利だけど、反面あらゆる人が集まってしまう。年寄り、若者、おじさん、おばさん。自分たちの街という感覚がない。たとえば銀座なら、それほど若い人やへんてこりんなおばさんはいない。夜ともなれば、ある程度のおじさんときれいなお姉さまが集まる。六本木は、若者の街だ。原宿は、じゃりんこの街だ。ある程度棲み分けされているので、そこに居れば、安心という街の空気がある。街をふらふらしていて、いきなり娘と出会うなんてことはほとんどないのだ。だけど、ここでは、家族中がバラバラに来ていても、出会ってしまいそうだ。まにしろ道一本。行くか、帰るかしかないのだから、いずれすれ違うかもしけないのだ。鹿児島の人たちは、悪いことができないだろうなあとつくづく感じるのは、私だけだろうか。そんなことをふつふつと考えながら歩いていくと、かなり繁華街からは離れ、少し静かな地域に入ってきた。大きな道路を一本入って、とても静かな一角に「福わらじ」はある。「おお、ここだ、ここだ」と満足げに店に入ると、上品な女性が迎えてくれた。予約どおりちゃんと席は準備されていて、どっしり腰を下ろすと、早速ビールが運ばれてきた。
「グビッ、グビッ、グビッ・・・・」この最初の一杯のビールが美味い。この美味さのために、シャワーの後、ビールも水も我慢して歩いてきたのだ。いやいや、今日一日バイクで走ってきたのだ。だから、何よりもビールがうまい。自分へのご褒美だ。一日無事に走ってきて、いい子、いい子、というわけなのだ。2、3品の突き出しと料理の後もいよいよ黒豚君の登場だ。その姿は、真っ赤な花びらのようだ。大きく開いた薔薇の花だ。きれいだし、美味しそう。こんなにたくさんあるなんて、幸せという感じ。ぐつぐつ沸いた湯の中へ、箸でつまんだまま黒豚君を泳がせる。瞬間で色が変わり、食べてくれといった様相に変わる。タレは、ゴマとポン酢の2種類。まず、さっぱりとポン酢で食べる。「う、う、うまい」。まさに口の中で香ばしい香りが広がり、黒豚君は、ひと噛み、ふた噛みで何の抵抗もなく溶けるように喉の奥に運ばれる。次は、ゴマだれで。これがまた美味い。ほんのり甘い黒豚の味が引き立って、「調和」という二文字が口の中に広がる。「幸せ」という響きが、耳元で囁かれるようだ。うーーん、ここまで来てよかった。ここまで来た甲斐があった。人間、死ぬまでに美味いものを食べ残してはいけない。食べたくなったら必ず食べるべきだ。と訳の分からない決意を硬くしたのだった。食事はこの後、慣れた手つきでササッと作っていただける「おじや」に続き、デザートとなる。ビールに続いて日本酒を冷酒でのみ、最後の冷たいお茶を飲んだときは、顔は恵比寿様のようになっていたに違いない。しかし、今日はここで満足して、ホテルに帰るわけにはいかない。もう一つテーマが残っているのだ。

■さくら子ママ、南国の暖かさを感じる女性。
もう一つのテーマとは、やはり3年前にも行った「バーさくらこ」に再び行くことだ。
「バーさくらこ」というのは、もともと銀座でママをやっていたとても素敵な女性が、故郷の鹿児島に戻り、それはそれは素敵なバーをなさっているのだ。しゃぶしゃぶのお店「福わらじ」をご紹介くださったのもこのママ。ママの名前は「さくらこ」。さくらこママなのだ。銀座で鍛えられたからか、もともとそういう女性なのか、ともかく美人で、品があって、頭がよくって、優しいのだ。女性の中の女性。人間の中の人間といった素晴らしい人で、この方にお会いできるだけで、心がハッピーになってしまう。知っているというだけで幸せなのだ。鹿児島まで来たら会わずに帰るわけにはいかない。それで、早速電話して、「いま、福わらじです。これからいきまーーす」と伝えたのだ。ママは凄く喜んでくれて、道は分かりますか、迎えに行きましょうか、傘は持っていますかと矢継ぎ早に尋ねられてしまう。「だ、だいじょうぶです。なんとかいきます」と答えて、店を目指してフラフラ歩いていくと、照国神社の大鳥居の真下に傘を差してただずんで居る女性が見える。なぜかボーっと輝いているようにさえ目立って見える。おお、さくらこママだ。あまりの神々しさに輝いているぞ。「あらーー、植野さん。こちらです」。なんとわざわざ迎えに来てくれたのだ。この優しさがたまらない。お店に出ているまま、真っ白なドレスのままで、傘を差し、わざわざ来ていただいたのだ。本当にありがたい。その気遣いが涙が出るほど嬉しい、と感動さえ覚えたのだ。相変わらず静かでセンス良く、品のいいママの店「バーさくらこ」は、ひとり、ふたりのお客様だけで、何だかしみじみと、ゆっくり飲めた。さくらこママは、どんな話題でも毅然として自分自身の意見をはっきりと話す。それが図々しくも、押し付けがましくも無く、理性ある人間としての、そして理性ある女性としての的確な意見なのだ。酒で脳みそがぐしゃぐしゃになっている中年オヤジの自分など、小学生以下の存在となってしまう。「ママちゃん、すごーーい」と感心するばかり。いやいや、これでは幼稚園児以下なのだ。しばらく飲んで、他のお客様も入ってきて、忙しくなりかけてきた頃、一日の疲れも出て少し眠くなったのをいいことに、そろそろ帰りますとママに別れを告げた。今度東京に来たら必ず連絡をいただくことにして、素晴らしい女性と会えた幸せを胸いっぱいに吸い込んで、またまた夜の天文館に出て行ったのだ。

●バー「さくらこ」は、天文館の照国神社のすぐ近く。大きな鳥居があるからすぐ分かる。でも、店の名前を変えるとか言っていた。 ●さくら子ママ。なんだか菩薩様のような感じすらする。
南の人の温かさが、全身から、後光のように出ている。

人が人と知り会うことは、なかなか難しい。毎日のように新しい人との出会いはあるのだが、それが続くことは、なかなかない。自分がそう思っていても、相手にされなければ、出会いは終わってしまう。でも、こうしてまだ2度か、3度しか会っていない人でも、良く覚えてくれていて、自分も良く覚えていて、何の利害も無いけど、また会いたいと思う人がいる。そして、また会える。会えば、懐かしく語り合える。初めて会った印象が蘇り、出会ったことの喜びも蘇る。一生、生きていて、一体何人の人とこんな気持ちを分かち合えるのだろう。バイクを乗り始めて、ツーリングをし始めて、バイクの仲間、旅先で知りあえた人、今日までたくさんの出会いがあった。それは、それまで感じもしなかった新鮮な人との出会いだった。それまで仕事でしか知り合えなかった人とのつながりが、一気に変わった。ひろい日本中に素晴らしい出会いがあふれていた。それでも、本当に親しい気持ちが生まれるのは限りある人たちだ。お互いの気持ちがどこかで通じ合えなければ、知り合い以上の気持ちは生まれない。会えば嬉しく、理由無くまた会いたくなる。そんな知り合いを一人でも増やしたい。もちろん数ではないのだけれど、日本中にそんな人があふれたら、さぞかし楽しいと思う。さぞかし勉強になると思う。そう、それがあるから旅が好きなんだ。旅に出たくなるんだ。毎日、同じ24時間なのに、今日の24時間は特別に幸せだったと感じながら、ベットにもぐり込んだ。寝顔もニヤニヤしていたに違いない。