人生のラッキーは、突然訪れる。世田谷高級住宅街在住の美人奥さまと一日パートナーとなれる幸運が空から降ってきたのだ。
「井形マリさんのバイクレッスンで、今回カップルだけでしか参加できない企画があり、相手の男性がいなく困っている美人女性ライダーがいる。家も近いと思うので、ぜひ一日カップルのパートナーになって欲しい。」こんな要請が届いたのだ。
「えーーっ、本当に美人なの???」と私。
「保障するわよ。体重なんて私の半分くらいだと思うよ。」と依頼主。
「それって普通じゃん。」
筑波サーキットのオーバルコースでレッスンをし、最後にコースを走るという企画。12月の寒さの中で普通なら遠慮するのだが、美人奥さまという理由だけでなく、(本当です)バイクの乗り方にちょっと気になることがあったので、行ってみることにした。美人奥さまは実に近所にお住まいで、バイクなら10分もかからない場所だった。であれば、当日はご自宅までお迎えに上がり、ご一緒させていただくことにした。
メールで何度かやり取りをし、当日の準備は万全。前の週の土曜日に時間ができたので、ご邸宅の場所を確認のためスクーターを走らせた。完璧の準備を整える。奥さまのバイクはドガのモンスター1100。今年の2月に発表されたばかりの世界的新車そのものだ。なんと価格は165万円。しかも奥さまは免許取立ての2ヶ月目。ツーリング経験は当然浅い。なんだかいたいけない少女を手篭めにする悪代官のような気分すらしつつ、当日を迎えることになった。
世田谷から筑波サーキットまでは、片道100キロ程度の楽勝ツーリング。コースは、三軒茶屋から首都高を抜け、常磐谷田部から下道30キロほどだ。しかし、初心者に首都高はお勧めできない。かなり路面が荒れているのと高速と言えど道幅が狭いので、いざと言う時にかなり危険なのだ。おまけに設計も悪いので、右からも左からも合流がある。突然渋滞するので追突の危険も高い。日曜日の早い時間とはいえ、今回は安全最優先で、環八から外環、常磐道ルートを選択した。それでも距離は10キロ程度延びるだけだ。まず、2時間から2時間半で到着できるが、9時30分の開講にその30分前につく予定を考えた。合計3時間前の出発。9時半だから、6時半ということになる。自宅を6時半に出て、ご邸宅まで10分。近づくと、おおっ、ご邸宅すぐそばの交差点にドガが止まっている。ほっそりした女性らしきライダーだ。これに間違いない。手を降ると、向こうも上品に頭を下げ挨拶を返してくれた。今日のパートナーとの記念すべき出会いの一瞬だ。ただし、フルフェイスのヘルメットで顔は全く見えない。寒さに対抗するために着込んだ防寒具で、スタイルも分からない。真っ赤なピカピカのドガが印象的なだけだ。しかも事前の約束通り、下道は私が先導し、高速に入ったら前を走ってください、と言ってあったので、スタートしたもののバックミラーで確認できる程度。どんな方かは不明のまま環八を走る。環八から谷原の交差点で側道に入り、左折しようと赤信号で待っていると、左側に寄ってきて、
「関越に入るんでか?」と尋ねられた。シールドを上げたヘルメットの奥には、大きくてキラキラした生んだ瞳が輝いている。うひょー、美人だぞ、やっぱり。だから何なんだと思いつつも、男の気持ちは嬉しいのだ。
「いいえ、外環に乗ります。」
「でも、こっちは関越・・・」
「大丈夫です。私に全てお任せください。奥さま。」もう気分は、大切な奥さまを守る爺やになっている。確かに環八を左折する手前のボードには関越の表記しかない。不安になるのも当然だ。国土交通賞に換わって、奥さまには私からお詫びしておいた。
高速に入ると奥さまが先を走る。常磐道の乗り換えは、直前に私が先に入り先導することになっている。経験が浅いとはいえ、なかなかいいペースで走る。なにしろ愛車はポルシェで、サーキットランも楽しむスピード大好き奥さまだという。(どんだけ金持ちやねん)しかもドガの1100となれば、そりゃあ出したいだけのスピードは出るのだ。・・・羨ましい限り。

サービスエリアの守谷の手前で、まだ8時。このままだと8時半には着いてしまう。ちょっと一休みするのもいいなあ、と守屋の手前で加速し、サービスエリアに先導した。(決して顔がみたいとか、どんな美人か確かめたいなどと言う不順な気持ちは・・・少しありました)バイクを止めるとすぐに、今日一緒にレッスンをするマリリンの仲間の顔が見えた。一人、二人とたくさんの知り合いが守谷のサービスエリアに集まる。やはりここに寄って正解だったじゃないか。しばらくみと話をして、再度出発となった。みんなで一緒に行くのかと思いきや、ばらばらだ。女性同士ってそんなものなのかなあ、などと思いつつ、高速を降り一般道に入る。途中ガソリンを入れておきたいと言うこと
で、国道沿いのスタンドに入る。確かにレッスンの時は驚くほど燃費が悪い。ゴーストップの連続になるので、走行距離では測れないほどのガソリンを消費する。満タンにしておくのは正しいことだ。入れ終わり、少し走るともう一軒スタンドがあった。そこには先ほどのマリリン仲間がガソリンを入れている。その先の角を曲がって、しばらく待った。どうせなら一緒に行こうよと、男同士の仲間ならなるところなので、置いていけない気持ちになるのだ。何台かが通過した後を追った。しかし、なんだか無視されているようにどんどん走ってゆく。赤信号で別れても、待っていてくれることなく走り去る。こんなものかー、とまた違いを感じてしまう。それでも道筋は簡単なので、あっという間に筑波サーキットに到着し、入り口を求めて少し迷ったもののいともたやすく目的地に到着した。まあ、ここまで奥さまを無事にご案内できてひと仕事終了だ。到着すると何人もの知り合いがいる。やあやあやあ、と挨拶を交わし、久しぶりの出会いを懐かしがったりもする。この時間はなかなか楽しいものだ。日常とは違う知り合いは、普段なかなかできないが、バイクと言う趣味を通して、何年も知り合いでいられるのは、なんだか心温まるのだ。すっかり奥さまのことは忘れ、話に夢中になると、そろそろレッスン開始の時間となった。
バイクのレッスンは、HONDAが主催するHMSで何度か経験している。その都度何らかの効果があって、なんとか馬鹿でかいバイクも乗れるようになった。HMSでは希望のバイクをレンタルできるので、転倒もあまり気にせずに思い切り練習できるのだが、今回は、自車両使用ということで、自分のバイクを使う。当然ハーレーで参加することになるのだが、おそらくハーレーほどこうしたレッスンに不向きなバイクはないと思う。でも、だからこそ自分では価値があるのだと思っていた。自分のバイクであるハーレーに慣れる。自分とハーレーの限界を知る。そのことが買ってから1年半の間にできていなかったような気がするのだ。適当に、お互いに誤魔化しながら乗ってきた感じ
だ。表面的ないい部分だけをお互いに褒めあって、心を割って話したことがない夫婦みたいな感じだ。だから一度喧嘩すると離婚にまで発展してしまう。もっと、ちゃんと二人の間の理解が必要なのだ。そんな意味で、ハーレーでのレッスンではやってみたかったことだったのだ。ちょうどいいチャンスだったのだ。

それともうひとつ。バイク自体の乗り方、コーナーの回り方にいままでの自分の乗り方とは全く違う乗り方をバイクライディングの本の中に見つけたのだ。えーーっ、こうだったのか・・・、全く誤解していた気がする、と思うことがあったのだ。それは、RIDERS CLUB発行の「バイク"乗れてる"大図解1」のコーナリング解説部分のイラストに、「コーナーのイン側の足は、離しても大丈夫くらいに力を抜く」と言うのがあった。このひとコマに、あれ?と思った。もうひとつ。これもイラストを見て、あれっ、と思った。体重はイン側のシートに乗っているのだ。この二つのイラストを組み合わせると、アウト側の足に加重し、イン側の足は離してもいいくらい加重しない。そしてイン側のシートに体重が乗る。普通の椅子で試してみるとなんともアンバランスな形になる。単純にやるとイン側に倒れる感じだ。いままでの自分自身の乗り方は、アウト側に加重して、体重もアウト側のままだった気がする。それをやってみると、なるほどリーンアウトの形だ。体重をインに移すとリーンインになる。これか・・、これが自分がダメだった
根本的な理由かもしれないと思い始めたのだ。ぜひとも実際に走りながらアウト足加重、インシート体重を試して見たかった。高速のコーナーが不安定で、遅い理由は、リーンアウトになっていたことにある、と気づいたのだ。
二つのテーマを掲げて挑んだレッスンは、まさに画期的だった。意識しないで走るとコーナーでは完璧にリーンアウトになっている。確かにユーターンに近い小回りではリーンアウトが安定するが、オフセットパイロンなどの少し大きなコーナーでは、アウト足加重で体重をイン側に落とすと革命的にバイクが安定し、安心して回れることが実感できたのだ。スピードもいくぶん高まっている。ただ、悲しいかなハーレーは見事にアメリカンタイプのバイクなので、思い切って倒すと「ガリガリ」と路面を擦る。どうもステップではなく、どこか他の部分が路面を擦っているようだ。筑波の大切なオーバルコースなので、キズをつけては大変だ。かなり神経質になって、擦らないようバイクを倒し込まなければいけない。それに、簡単にイン側シート体重といってみても、それまでずっとリーンアウトだったのだから、急に習性が直るわけもない。かなり意識して、ちょっと怖いのを我慢して内側に体重を移動しなければならない。しかも瞬間的にできなくてはいけないので、3回に1回ぐらいしか、よしうまくいった、という実感にはならないのだ。まあ、だからこそ練習が必要なのだが、なかなかうまくいかないままに午前中は終了した。

昼食はお弁当が用意されていた。男性も多数参加と言うことで、かなりのボリュームのお弁当だった。みんなで輪になって食べる。とても楽しい人と気だ。その間も誰もが午前中のレッスンを話題にしている。あそこは難しかった、とかどうしてもうまくいかない場所があるとか、3番目のバイロン入り方は、グーツと寄ってスパッとか、まあレッスンを受けていない人が聞いたら皆目分からない話、話し方だ。ワイワイと話、パクパク食べて、本当な幸せな時間だ。午後のレッスンは、午前中の続きからとなる。午前中に走ったコースを、今度は自由に走ることになる。なんとかコースも頭に入ったので、少しずつシートの内側加重を集中的に練習した。うまくいくと随分違う。よく曲がるし、安定しているし、速い。右カーブ、左カーブと連続になると、とても難しい。小さく回るコーナーではやっぱりリーンアウトになる。自分で、
「こらこら、なにやってんだ。内側だろう」とか言いながら、体を修正する。そのうちに、ハンドルから少し離れ、身体を引いた感じにしたほうがスムースだと気がつく。でも、なかなかそのポジションが瞬間的に取れない。何度も練習していると、イントラの方が直後を走り、私の走りを見てくれた。一周すると止まって指導をしていただける。全然駄目ですねえ、などと言われるかも知れないと恐る恐るだったが、
「植野さん、午前中の走りとは見違えるほど良くなりましたねぇ。何か変えたんですか。」
「いや、あの・・・シートの内側に乗ることだけを考えて走ってます。」
「いいんです。それでいいと思います。とてもいい感じですよ。」と何だか誉められた感じなのだ。予想外だったので戸惑ってしまった。同時に自分でやっていることが正しいのだと分かって、うれしくなってきた。誉められてしまうとなんだか気が抜けて、今日はもういいやと思い始める。所詮今日一日で完成はしない。理想のポジションがなにも考えず、自然にできるようになるには、たぶん1年も2年も掛かるだろう。少しづつ意識しながら乗り続けて、ふっとコーナーを走っている時、ああ自然にできているなあ、と感じて初めて完成だ。いままでにもたくさんのことをそんな風にして覚えてきた。もっともっと時間をかけて完成させようと思ったら、今日はきっかけだけでいいやと思ってしまったのだ。3、4周練習をして、自主的に休むことにした。バイクを降り、ヘルメットを取って、頭の中でうまくいった時の感覚を思い出す。この感じだよな、と覚えておくのだ。多分ニヤニヤしながら想像していたと思う。誰かが見ていたら、変なオッサンだ。
しばらく休んで、残り15分というところで最後復習のために2、3周回る。やっぱり完全にはできていない。でも、感覚だけは少し掴めた。パイロンのコース場終了し、コース全体に設置されたパイロンをみんなで片付け、次はいよいよオーバルコースの走行だ。筑波のこのオーバルコースは、すり鉢のように全体に傾斜がついていて、直線部分も短い。走っているうちにほぼ円周になる。コースの形とは全然違うライン取りになるのだ。何人かのグループに別れて走ることになった。こういう場合もやはりハーレーは辛い。なにしろCBRとかCB1300のパワフルマシンだらけだから、非力で回転の上がらない空冷、ツインでは太刀打ちできないのだ。まあ競争は禁止なので、それほど焦る必要はないが、迷惑をかけてはいけない。ノロノロ走るわけにはいかないのだ。それでも、なんとか走ることはできた。ここでもイン側シート加重のリーンインを試して見た。外側の足に荷重ができるとバイクは一気に安定する。たぶんいままでより速いコーナー速度だと思う。これは、高速道路などのインターチェンジでは役立つ走り方だ。もちろん一般道のコーナーで活かせれば、気持ちよくコーナリングできそうだ。よしよしこれからはこの線で練習だと、意気揚々となったのだ。
全てのプログラムが終わると、かなり疲れていた。そりゃあそうで、朝早くから若者たちと一緒に走っているのだから、オッサンにはかなりの重労働だ。でも、ひとつでも上達のヒントが得られるとなんとも充実感を感じて満足だ。すっかり日が暮れて、帰途につくバイクのライトが立ち去ってゆくとなんともロマンチックで、胸が熱くなる。しかし、情緒に浸っている場合ではない。私には、美人奥さまをご邸宅まで送り届けるという使命がまだ残されているのだ。帰り道、何人かで食事をすることになって、奥さまも参加することになった。当然私も参加だ。近くのCOCOSで集合し、またまたワイワイガヤガヤ。今日一日の話で限りなく盛り上がる。みんなバイクが大好きなのだなあ、とつくづく感心する。しかし、今日のようなレッスンでは、女性の方が圧倒的に上手だ。まあ、女性のためのバイクレッスンの常連が参加しているのだから、レッスン内容自体に女性軍が慣れていることはある。それに男性は普段腕力で何とか乗りこなしてしまう。力の弱い女性は、正確なライディングで乗らなければ乗れないので、きちんとした操作ができるようになるのだろう。女性がバイクに乗るのは大変なんだと以前にも書いたことはあるが、その大変さを乗り越えた女性たちばかりと言うことになる。それに、今日集まっている常連の女性たちは、バイクレッスンをすること自体が、ひとつの趣味になっていて、それ自体を楽しんでいる感じがする。私自身は、レッスンより、ど
こか遠くに旅することの方がバイクに乗る楽しみをより多く感じられる。もっと旅を楽しく、安全に、楽に楽しめる手段として練習はある。あくまでもそれ自体が目的ではない。しかし集まった女性たちは少し違うのかもしれない。参加した女性の一人が、
「レッスンは、遊園地に行くような感じ。一日楽しく遊べるでしょ」と言っていた気持ちなのだ。それはそれで、バイクの楽しみ方だから、とってもいいことだと思う。男性より女性の方が、お稽古事が好きなのだ。お料理を習ったり、着付けの教室に行ったりのちょっとした変化形なのかもしれない。でも、上手くなればバイクは楽しいことは確かだし、不安がなくなれば、どこにでも行ける。女性たちの練習好きにはやっぱり夢がいっぱいなのだろう。
養殖を食べ終わり、一通り話しも終わり、少し眠くなって一日は終了した。ここからそれぞれの方向に分かれ、一台また一台とバラバラになってゆく。高速に入るとそれぞれのペースがあるので、あっという間に他のバイクは見えなくなる。さあ、のんびり帰ろ
う、と思ったが、おっといけない。私の後ろにはピタリとドガが走っている。奥さまを送り届けなければならないのだ。スピードをゆるめ、奥さまに先に走っていただき、私はトコトコ着いて行った。すっかり真っ暗になった高速道路。前には美人奥さま。幸せな一日が、終わってしまうのがなんとも惜しい気がした。(完)

番外篇1「ダンボちゃん、ワイシャツ事件」


レッスンが終わり、みんなで夕食を取っていた時のことだ。ジャケットを脱ぎ、リラックスして話が弾んでいたのだが、突然女性の一人がダンボちゃんを見て驚いた。ダンボちゃんは、男性だが(オッサンだが)、マリリンにはいろいろな意味で協力し、いろいろなイベントに参加している。私のバイクの仲間としては随分古く、すっかり友達だ。お仕事は技術系らしく、かなり難しい専門分野をやっている。バイクが好きで、無線が好きで、プラモデルが好きという、まあなんとも少年のような、やや肥満のオッサンだ。ダンボという名は、彼のハンドルネームで、本名も知らずみんないつの間にかダンボちゃんと呼んでいる。
「えーーっ、ダンボさん、ワイシャツ着てる・・・」確かにジャケットを脱いで、セーターの下にワイシャツを着ている。しかもそう、普通のサラリーマンが普段来ている普通のワイシャツだ。ネクタイをすれば、そのままビジネスマンなのだ。その言葉で、ダンボちゃんは一同の注目を浴びてしまった。
「なんでーー????そんなにおかしい???」とダンボちゃん。
「会社帰りなの???」
「いつもワイシャツなの????」と質問の集中砲火だ。まあ、サラリーマン生活の長い私でも、バイクの練習にワイシャツは着てこない。古くなったワイシャツを休日などに着ていることはたまにあるが、自由な時間はなるべくワイシャツは着たくないと感じている。私から見ても、確かにこの場にワイシャツは不似合いだと思う。
「だって・・ワイシャツだと胸のポケットにカイロ入れておくのに便利なんだもん」とポケットから白金カイロを取り出した。ますますオヤジを暴露して窮地にはまる一方だ。
「寝る時もワイシャツなの???」
「ネクタイも持っているんじゃない」
「蝶ネクタイして練習するとカッコいいかも・・・」。もう言われたい放題になってしまった。困ったながらも、なんだか嬉しそうなダンボちゃん。そこがこの人のいいところで、真剣にはなるけどあまり怒らないのだ。ニコニコしてみんなの暴言を聞いている。
「わかったわかった。そんじゃ俺、ダンボちゃんにヒートテックプレゼントするよ」と私が提案し、みんなも賛成してくれた。心の中では、これからは私もワイシャツには気を付けようと固く誓ったのだ。

番外篇2「美人奥さま行方不明事件」


美人奥さまとの二人きりの帰り道、常磐から外環に入るまでは極めて順調だったのだ。このままいけば、ご邸宅の前まで送り、厚く御礼をされ、心から感謝され、その記憶に深く、長くとどめることができたはずだったのに・・・。
外環に入って、しばらく走ると大泉まで70分と言う表示が出ている。そんな馬鹿な。せいぜい20分だろう。良くみると「事故渋滞」となっている。まいったなあ、他の道のほうがいいかなあと考えているうちに渋滞につかまった。前を走っていた奥さまは、どうすればいいのか困った様子で、すかさず私が前に出て「すり抜け走行」を開始した。クルマとクルマの僅かな隙間をスルスルと通過して行く。バイクならでは、渋滞していてもまあ40キロくらいの速度では走れるのだ。私が先導すれば、その後を追って奥さまも着いてくるだろうと思い、バンバンすり抜けて行った。夜だし、ベッドライトの光が錯綜していて、後ろの様子はなかなか確認しにくい。ついてきていると確信していたので、ドンドン進んだ。さてと、後ろを確認したがバイクの姿は見えない。すぐに追いつくだろうと、渋滞の中を少し待つ。・・・こない。渋滞の終わりまで行って、ゆっくり走って待とうと、またまたすり抜け開始。3キロほどの渋滞を10分足らずで抜け、事故の現場を最後に順調な走りに戻った。それからは、50キロくらいの速度で走る。奥様の到着を待っているつもりだ。・・・来ない。なかなか来ない。・・・全く来ない。
そうこうしているうちに和光に着いてしまった。大泉はもうすぐだ。高速上で止まって待つわけにもいかない。速度をさらに落として・・・待つ。・・・来ない。おお、もう大泉の出口だ。出たところで待とうと、一般道に入ったすぐでバイクを止めた。8時15分。随分ゆっくり高速を走ったことになる。まあクルマで30分ほどの渋滞だったから、30分待てば来るだろう・・道を誤っていなければ・・・。と言うわけで、待つこと5分、10分・・・20分。その頃今回声をかけてくれた女性からメールが入った。
「今日はありがとうございました。お疲れ様でした。」おいおい、まだ帰ってないぞ。それでまだ待っている旨を返信。
「なんだか渋滞ですり抜けができなかったらしい」との再度のメール。まあ、あと10分待って、来なければ帰るか、と言うことになった。30分・・・来ない。仕方なく帰ることにした。
帰って、携帯をみたらメールが入っていた。美人奥さまからで、もうとっくに帰り着いていた。なんでも、
「すり抜けができず、ノロノロしていて、他のバイクを追って途中から首都高方面に抜け、環七で帰ってきた」とか。私が待っている間に既に帰り着いていたのだ。まあ、無事で何より。メールを見たとたん安心して体中の力が抜けた。当然ついてくるだろうと、スルスルすりぬけをした私が無責任だった。ごめんなさいと夜空に謝り、到着ビールをグイーーッと飲んだのだ。